教員 | メディア映像専攻

ある情報を人に伝えたい時、あるいはある概念を人に分からせたい時、どんな伝え方や教え方をすれば、その目的が見事達成できるだろうか。私は、それらの方法を研究・開発してきた。コミュニケーションデザイン、メディアデザインとも呼ばれるその領域では、表現手法やメディアを選ばない。私は、伝える為、分かってもらう為だったら、インターネットでもパラパラ漫画でも数式でも歌でも構わない。もちろん話して伝わるなら、それでよし、教科書で分かってもらえるなら、もちろんよしである。だが現実を見ると、いろんな現場で情報が伝わらず大小の混乱に陥ったり、学校では落ちこぼれが多数生まれている。しかし、伝え方ひとつ、教え方ひとつで、混乱が無くなったり、落ちこぼれを減らすことが可能である。さらに人間にとって、コミュニケーションの問題は、「伝える・分かる」ということに留まらない。世の中がどう変わろうと、「人の間」にはコミュニケーションがある。人間は、それなくしては生きられないのである。

佐藤雅彦 教授

1954年静岡県生まれ。専門は、表現方法・教育方法の研究と開発。主な制作物に『ピタゴラスイッチ』(NHK教育)、『経済ってそういうことだったのか会議』、プレイステーション・ソフト『I.Q』など。近年の受賞に、2007年度 ニューヨークADC賞金賞、011年度 日本数学会出版賞、平成23年度 芸術選奨、平成25年度 紫綬褒章。2014年、カンヌ国際映画祭短編部門に正式招待された。

写真術の親は言うまでもなく自然科学と絵画である。だが映画術の親は大方の予想に反して写真ではなく、実際は文学と音楽である。写真と映画。両者ともカメラという共通の装置が用いられるために「映像」というひとつの語でくくられることが多いが、そのくくりにいつもどこか無理があるように感じられるのは、このためである。 私の専門は写真術だが、この映像研究科メディア映像専攻においては、写真芸術家/写真研究者としての若い仲間を探しているというより、むしろ自然科学、絵画、文学、音楽といった映像の親たち、あるいはテクノロジーや社会科学といったその親戚たちに、一緒に会いに行くための若い仲間を探しているといった方がよい。私たちそれぞれが手中にしているメディアは、それがなんであれ、すべて彼らに会うための、そして会見の成果を持ち帰り未来に向かって表現するための、最善の道具と考えるべきだと思う。

畠山直哉 教授

写真家。1958年岩手県陸前高田市生まれ。1984年筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。主に都市風景や自然風景を扱った作品で知られ、第22回木村伊兵衛写真賞、第42回毎日芸術賞、2011年度芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。作品はMoMA、TATE、東京国立近代美術館など、世界主要都市の美術館に収集されている。『LIME WORKS』『Underground』『BLAST』など出版も多数。

メディア技術の領域では、映像制作や展示のために新しい技術を積極的に取り入れています。そして、制作のために技術を役立てる開発の方向と、それを使うと何が見せられるのか、という表現を探る方向が共存していることが特徴であり、面白いところでもあります。この分野は制作ツール、センサ、アクチュエータなどのデバイス、ウェブや通信などのサービス、それらを統合するプログラミングなど、関連するものが多様で常に進化しているので、新しい技術に関心を持っていることが必要です。それと同時に、技術が社会をどのように変えていくのかを意識する、批判的な見方も必要とされます。そして何よりも、映像や展示の制作を通して人に新しい体験を提供するという目的意識を持ち続けることが望まれます。

桐山 孝司 教授

東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士課程修了、工学博士。東京大学人工物工学研究センター、スタンフォード大学設計研究センター、科学技術振興機構、東京大学大学院情報学環を経て現職。佐藤雅彦教授とのユニットであるユークリッドとして「計算の庭」(2007年)、「指紋の池」「属性のゲート」(2010年)、「統治の丘」(2015年)を発表している。

グローバリゼーションという生活の資本化と通信(コミュニケーション)の標準化は私たちから世界の肌理を剥ぎ取ってしまったように思える。失われた世界の肌理を奪還するためには、根源的な問いを持たなければならない。世界はいつから今のような世界なのか。世界がインターネットやグローバリズムに影響されざるを得ないコンテクストのなかで、批判的芸術はどのような態度を持ち得るのか。その問いに答えるべく批判的な芸術を準備するうえで、メディアによる表現はひとつの期待の地平である。メディアは技術、市場、記憶、歴史など、人間的な可能性の地平を広げるすべてが凝縮されつつあるからだ。発話の肌触り、嗅覚的な現実、自然のざわめき、水面のささやき、天啓への憧憬、隠喩による交信、詩的な生活倫理など。ここには、新たな批判的な芸術への道行きを究め世界の肌理を奪還しようとする者たちの叙情詩が開かれている。

桂 英史 教授

1959年長崎県生まれ。専門はメディア研究、図書館情報学。図書館情報大学大学院修士課程修了後、文部省・学術情報センター助手、東京造形大学助教授などを歴任。主な著書に『インタラクティヴ・マインド』『人間交際術』『東京ディズニーランドの神話学』など。その他、国内外で新しい公共文化施設のプランニングに携わっている。

活動のベースになっているのは「演劇とはなにか」という問いですが、その軸は観客論・客席論です。演劇は古来より人が集うことの形や質を追求してきました。その証拠に、「演劇」(シアター、テアーター、テアトロ… )という言葉の語源「テアトロン」というギリシャ語は、もともと劇場の「客席部分」を意味する単語でした。
演劇を考える/演劇で考える作業を通して、観客や客席のあり方を探求していくことは、“わたしたち”のあり方を問うことに通じます。それはコミュニティの形式やコミュニケーションの方法を探ることにも繋がります。それ故に、演劇は都市や国といったものと深く関係してきました。演劇は舞台の上にだけ存在するのではありません。むしろ、演劇を舞台制作という枠から解放したとき、もっと豊かな可能性が見えてくるのではないでしょうか。「演劇の根源に帰る」=「演劇の可能性を拡張する方法」を、理論と実践の両面から探っていきます。

高山 明 准教授

演出家。1969年生まれ。演劇ユニット「PortB」(ポルト・ビー)主宰。実際の都市を使ったインスタレーションやツアー・パフォーマンスなど、現実の都市や社会に介入する活動を展開している。近年では、美術、観光、都市プロジェクトといった異分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によって様々なジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。

木村 稔 助教

1970年広島県生まれ。91年にパーキングメーターを利用したプロジェクトを発表。以後、法律やルールの狭間を利用した作品を展開するとともに、映像メディアの研究から紙メディアのデザインや製本ワークショップを行うなど多岐にわたり活動している。主な展覧会に92年「国際テレビビデオフェスティバル」(スパイラル)、95年「日本の映像」(福井県立美術館)、「EXIT」(広島市現代美術館)、96年「AtopicSite : On Camp/Off Base」(東京ビッグサイト)など。

非常勤講師(共通科目)

黒瀬陽平(現代芸術論)、椎名ゆかり(マンガ論)、三宅隆太(物語理論)
キャレン・セバンズ(国際映画文化論)、リピット水田堯(映画学)